相送―何遜

  相送  何遜(かそん)
客心已百念   客心 已(すで)に百念
孤遊重千里   孤遊 千里を重ぬ
江暗雨欲来   江 暗くして 雨 来たらんと欲し
浪白風初起   浪 白くして 風 初めて起こる

 

 異郷にある身の心にはさまざまな思いが湧き起こってくる。私はただ一人これからまた千里の旅に出ようとしている。川の上は暗くなって今にも雨が降りそう。そして白い波が立って風が起こり始めている。

※[客心]異郷にある心。故郷を思う心。 [百念]さまざまな思い。 [重千里]さらに千里の旅を重ねる。千里の旅に出る。 [初]~しはじめる。~しようとする。

 

 この詩の作者何遜は、字は仲言、六朝・梁の詩人です。幼い頃より詩文に優れ、沈約(しんやく)・范雲(はんうん)といった当時の文壇の重鎮たちから高く評価されていました。しかし時の皇帝、梁の武帝の不興を買って中央から退けられ、地方官のまま一生を終えます。現在ではそれほどその名は知られていませんが、美しい自然描写と豊かな抒情性を備えており、唐詩の先駆の一人とされ、杜甫が敬愛した詩人でもありました。

 

 詩題の「相送」とは、人を見送るという意味ですが、この詩は見送られる立場から詠われています。何遜が相手の立場に立って詠ったという解釈と、何遜自身が見送られる立場であったという解釈とがあります。

 そして印象深いのが後半に描かれる風景描写です。今にも雨が降り、風が起ころうとする様子は、実際目にした風景というより心象風景と言って良いでしょう。旅人のこれからの不安を暗示させるものであり、情と景を融合したその巧みな表現力は、唐詩と比べても遜色ないものと言えます。