歩出夏門行〔観滄海〕 ― 曹操

歩出夏門行〔観滄海〕 曹操

東臨碣石   東のかた碣石(けっせき)に臨み
以観滄海   以て滄海を観る
水何澹澹   水は何ぞ澹澹(たんたん)たる
山島竦峙   山島 竦峙(しょうじ)たり
樹木叢生   樹木 叢(むら)がり生じ
百草豊茂   百草 豊かに茂る
秋風蕭瑟   秋風 蕭瑟として
洪波湧起   洪波 湧き起こる
日月之行   日月の行
若出其中   其の中(うち)より出づるが若し
星漢燦爛   星漢 燦爛として
若出其裏   其の裏(うち)より出づるが若し
幸甚至哉   幸ひ甚だ至れる哉(かな)
歌以詠志   歌ひて以て志を詠ぜん

 東のかた碣石山に臨み、青海原を見る。その水面は何とゆったりと揺らいでいることか。山のある島が高くそびえ立っている。そこには樹木がむらがり生じ、多くの草が豊かに生い茂っている。秋風がもの寂しい音をたてて吹き、大きな波が湧き起こっている。日や月のめぐりは、その中から昇ってくるかのよう。天の川も光り輝き、その奥から湧き出てくるかのよう。人生とは何と幸いなことか。その思いを歌に詠おう。

※[碣石]山の名。碣石山。河北省秦皇島市の北、あるいは山東省無棣県にある。 [澹澹]水面がゆったりゆらぐさま。 [竦峙]そびえたつさま。 [蕭瑟]風がもの寂しく吹くさま。 [星漢]天の川。 [燦爛]きらめき輝くさま。 


 『三国志』で一般に悪役とされる曹操(155~220)は、実は詩人としても非常に傑出した人物でありました。この「歩出夏門行」は楽府(がふ)と呼ばれる詩の一種です。。楽府(がふ)とは、もと民間の歌曲を集める役所の名であり、後にそこに集められた歌を楽府と呼ぶようになり、さらにその歌をもとに詩人たちが新たに楽府を造っていきます。

 ここに挙げた詩は曹操がすでにあった「歩出夏門行」(歩みて夏門を出づる行)という歌曲に合わせて作ったものですが、これは曲調を合わせただけで、そのタイトルと詩の内容とはあまり関わりがありません。曹操には同題で四首の作が残っており、これはその一つです。

 この詩はかつて河北に勢力を誇った袁氏を滅ぼし、さらにはそれと手を結んでいた北方烏丸(うがん)族を討伐に向かった時の作とされます。中国は大陸の国であり、そこに育った人間にとって海はやはり異世界でありました。おそらく曹操はこの時初めて海を見たのでしょう。雄大な海の風景、その感動を見事に詠い上げています。

 中国では海を詠った詩は少なく、これはその先駆けと言えるでしょう。