玉関にて長安の李主簿に寄す―岑参

今年もそろそろ終わります。そこでこの詩を一首。 
 玉関寄長安李主簿 玉関にて長安の李主簿に寄す  岑参
東去長安万里余  東のかた長安を去ること 万里余
故人那惜一行書  故人 那(なん)ぞ惜まん 一行の書
玉関西望腸堪断  玉関 西望すれば 腸 断つに堪えん
況復明朝是歳除  況んや復た明朝は 是れ歳除なるをや

 東のかた長安を去ること一万里余り。親しい友である君は、どうして一行の手紙をも惜しんで便りをくれないのか。玉門関から西を眺めると腸も断ち切れんばかり。まして明日は大晦日であるのでなおさらなのだ。

※[李主簿]岑参の友人と思われるが詳細は不明。「主簿」は官名。文書等を司る。 [歳除]大晦日
  

  「玉関」とは今の甘肅省敦煌の西にある玉門関のことで、唐代にはこの玉門関や陽関が西方の国境と認識されていました。よってそこから先は異国の地となるのですが、岑参はそれを越えてさらに先へ進まねばなりません。そのため自分がこれから向かう西の方を眺めやると、腸も断ち切れるように悲しみが沸き起こってくるのだと詠います。

 ましてや明日は大晦日。一年が終わろうとするこの時、本来は家族や親しい人々とともに過ごすべきであるのに、自分は一人異郷にある身。そのような状況が、彼の一層憂いをいや増すのでしょう。