義絶―関羽

 関羽、字は雲長は、『三国志』中でも非常に人気のある人物の一人です。
 劉備が旗揚げした頃から仕え、張飛とともにその護衛官のような役割を務めていました。その関係性は、『三国志』蜀書・関羽伝に「恩は兄弟の如し」とあるように、非常に親密なものであり、そこから小説『三国志演義』では、劉備関羽張飛の三人は義兄弟として描かれています。
 清の毛宗崗は『三国志演義』には、三絶(三人の傑出した人物)が登場すると述べています。すなわち「智絶」の諸葛亮、「奸絶」の曹操、そして「義絶」の関羽の三名です。とりわけ関羽は義と人情の人として、古くから民間ではたいへん敬愛され、さまざまなエピソードが語り継がれていたと思われます。『三国志演義』においても、生涯にわたって焦点が当てられ、準主役級の活躍をしていると言えるでしょう。

 その中でも特に有名なエピソードが「関羽千里行」です。

続きを読む

南史演義 巻2ー7

 話は変わって、相王司馬道子(しばどうし)の世子元顕(げんけん)は、十六歳であったが、非常に聡明で政治にも明るく、気力も盛んで鋭かった。常に朝廷が地方の諸侯の掣肘を受けていることを憂い、しばしば父に早くそれらの対策を謀るよう勧めていた。そこで道子は元顕を拝して驃騎将軍とし、その衛府の兵士、及び徐州の文武の官を彼に従わせ、国政に加わらせた。元顕は大任に当たり、譙王(しょうおう)の司馬尚之(しばしょうし)とその弟の休之(きゅうし)を腹心とし、張法順(ちょうほうじゅん)を謀主とし、司馬の王愉(おうゆ)を江州刺史兼督予州四郡として、軍事上の援護とした。

続きを読む

除夜の作

 今日は大晦日です。

  除夜作     高適(こうせき)
旅館寒灯独不眠   旅館の寒灯 独り眠らず
客心何事転悽然   客心 何事ぞ 転(うた)た悽然
故郷今夜思千里   故郷 今夜 千里を思ふ
霜鬢明朝又一年   霜鬢 明朝 又一年

 

 旅館の寒々とした灯火の下で、独り寝つけない。旅人の心はどうしたことか、ますます悲しみに沈んでいく。故郷の人々は、今夜、千里彼方にある私のことを思ってくれていることだろう。鬢は霜が降りたように白くなったが、明日の朝にはまた一つ年を取ってしまうのだ。

 

※[霜鬢]「鬢」は頭の両側の髪。それが白くなったことをいう。

 この高適の詩は詩題のとおり、除夜、すなわち大晦日の夜に詠われたものです。当時は数え年ですので、新年の正月を迎えるたびに一つ年を取ることになっており、それが末句の意味するところです。

 どこで詠われたものであるかは定かではありませんが、本来は故郷で家族と過ごすべき大晦日を、旅の途上で迎えた寂しさがひしひしと伝わってきます。

 

 

秋日

 秋日   耿湋
反照入閭巷      反照 閭巷(りょこう)に入(い)
憂来与誰語      憂ひ来たりて誰とか語らん
古道無人行      古道 人 行くこと無く
秋風動禾黍      秋風 禾黍(かしょ)を動かす

  

 夕陽が小さな村里に差し込んでいる。憂いがつのってきたが、この思いを誰と語り合えばよいのか。古い道には人の往来も無く、ただ秋風が稲や黍の穂を吹き動かしているばかり。

  

※[反照]傾いた夕陽。 [閭巷]小さな村里。 [禾黍]稲や黍。

 

 作者耿湋(こうい)は、日本ではあまり知られていない詩人ですが、この詩は『唐詩選』にも収められており、比較的有名な作品です。
 秋の夕暮れ時、愁いに沈む様子を詠ったもので、とりわけ転句、結句の描写――人気のない古道で秋風だけが吹いているという風景は、まさに秋の寂寥感を強く抱かせるものと言えるでしょう。
 また後半のこの二句は、松尾芭蕉の以下の有名な俳句に影響を与えたとも言われます。

この道や行く人なしに秋の暮れ

 実際のところはどうか分かりませんが、人のいない静かな秋の道には、詩人たちの感興を呼び起こす何かがあるのでしょう。

 f:id:chugokubungaku:20151129185703j:plain

秋風引

 すっかり秋になりました。そこで秋の詩を一つ。

 秋風引   劉禹錫
何処秋風至      何れの処よりか秋風至り
蕭蕭送雁群      蕭蕭として雁の群を送る
朝来入庭樹      朝来 庭樹に入り
孤客最先聞      孤客 最も先に聞く

 

 どこからともなく秋風が吹いてきて、ひゅうひゅうと音を立てて雁の群を送っていく。明け方、この風が庭の樹に吹き付けてきたが、孤独な旅人である私が誰よりも早くそれを聞いたのだ。

  これは秋風を詠った有名な作品です。その作詩背景は不明ですが、おそらく作者である劉禹錫が、中央から左遷された旅の途上で作られたものではないでしょうか。
 この中の「蕭蕭」とは風の吹く音の形容ですが、漢代の無名氏の「古歌」に「秋風 蕭蕭として人を愁殺す」とあり、人の憂いを一層引き立てる音でもあります。この詩の中に、直接的な心情描写はありませんが、秋風、雁、孤客(旅人)の三者を巧みに連ね、秋のもの寂しさを見事に描き上げた作品となっています。