玉階怨―李白

  玉階怨  李白
玉階生白露   玉階に白露生じ
夜久侵羅襪   夜 久しくして 羅襪(らべつ)を侵す
却下水精簾   却(かえ)つて下ろす 水精の簾(すだれ)
玲瓏望秋月   玲瓏(れいろう) 秋月を望む

 宮殿の玉の階(きざはし)に白露が降り、夜が更けて薄絹の靴下の中まで冷たさが染み渡ります。もう水晶の簾は下ろしましょう。そして簾ごしに冷たく輝く秋の月を眺めています。

※[侵]夜露がしみとおる。 [羅襪]薄絹の靴下。 [水精]水晶。 [玲瓏]冷たくさえて輝くさま。

 

 先日は謝朓の「玉階怨」を紹介しましたが、今回は李白の「玉階怨」です。

 謝朓の作と同様、男性の訪れを待つ宮女の様子が描かれます。

 第一句は宮女のいる場面の情景ですが、「玉階」「白露」の語を用いることで、女性がいる場所の清らかさ、冷たさを際だたせています。そして夜が更けるまで待ち続けた女性の靴下の中にまで冷たさが染み渡るのですが、女性の靴下を指す「羅韈」という語は非常に艶めかしさを感じさせます。一説に夜露によって靴下が濡れるとも解されます。
 第三句の「却下」の二字は、「却下す」と読み、単に下ろすの意で解されることも多いのですが、この「却」は、漢詩漢文においては「かえって」と読んで副詞的に使われるのが一般的です。よってここでは気持ちとは相反する行動であることを示しているのではないでしょうか。すると相手を待ち続けたいのを振り切って、という思いが込められていることになります。

 そして最後にすだれ越しに玲瓏たる月を眺めるのです。この「玲瓏」とは、そもそも玉の触れあう音を言い、そこから派生して、玉のように冷たく冴え冴えとした、また硬いものを表す語として用いられます。よってこの秋の月は、冷たく冴えた硬質な月という印象を与え、女性の寂しい心情をより引き立てるのです。

 この詩には全体を通して「玉階」「白露」「羅韈」「水精」「玲瓏」といった語がちりばめられ、白く冷たく清らかで透明感のある雰囲気が醸し出されています。しかしこの中に女性の心情は一切描かれていません。それが読む者にさまざまな想像をかき立てることになるのです。

 謝朓の作と比較してもそれぞれ深い味わいがあり、どちらも閨怨詩の傑作と言っていいでしょう。