鹿柴

 鹿柴   王維

空山不見人  空山 人を見ず

但聞人語響  但だ人語の響くを聞くのみ

返景入深林  返景 深林に入り

復照青苔上  復た照らす 青苔の上

 

 ひっそりとした山に人の姿は見えず、ただどこからか人の声が響いてくるだけ。西に傾いた夕陽の光は深い林の中に差し込み、青い苔の上を照らしている。

 

 この詩は長安郊外、輞川(もうせん)に構えた別荘で、友人の裴迪(はいてき)と題詠唱和した作品「輞川集」二十首の中の一首です。

 「鹿柴」とは、鹿を飼うための柵、あるいは鹿よけの柵であり、輞川の別荘に設けられたこの鹿柴から、静まりかえる林の様子を見ているのでしょう。「返景」とは、日が西に傾いた際に、東に向かって差す光を言います。奥深く鬱蒼とした林であるため、昼間は差さなかった日の光が、夕暮れ時になって木々のすきまから差し込み、青い苔の上を照らしているのです。

 

 王維は、奥深い林の中で、青い苔の上を照らす「夕陽」に愁いや単なる美だけを感じるのではなく、美を感じると同時に、静寂な神秘的な世界というものを感じているように思われます。それは俗世間にはない世界であり、王維の深く信奉していた仏教の世界ではないのでしょうか。もしそうであれば西から指す「夕陽」には、西方の極楽浄土から届くものという意識もあったのかもしれません。

 

 王維の詩は、「詩中に画有り」と評されますが、まさにこの詩は、人々を一幅の水墨画を見るような感覚に引き込む作品と言えるでしょう。