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劉備のイメージ

 劉備、字は玄徳。小説『三国志』においては一般に主人公として描かれる人物です。謙虚で義に厚く仁愛に富んだ人柄や、漢王朝復興を目的として粉骨砕身する姿が共感を呼び、曹操という強大な敵役に対する反発もあって、いわゆる判官贔屓的な人気があります。

 小説『三国志演義』では先述したように劉備関羽張飛の三人が「桃園の誓い」をするところから物語が始まります。その後、黄巾の乱で功績を挙げ、劉備は安喜県の尉(警察長官)に任命されますが、その地に巡察に来た督郵(巡察官)から求められた賄賂を拒否したため無実の罪を着せられそうになります。それを聞いた張飛は激怒し、督郵を縛り上げ、木の枝で何十回と打ちすえ、あわや殺してしまいそうになるところを劉備に止められます。督郵を助けようとした劉備ですが、状況を冷静に見ていた関羽に、そんな人物を助けても無駄だと言われ、三人は官を捨てて亡命してしまいます。

 これは『三国志演義』第2回にある場面ですが、乱暴者でトラブルメーカーの張飛、温厚で情け深い劉備、冷静に状況を見て適切な判断を下す関羽という三者のキャラクターが確立した回と言って良いでしょう。

 ところがこれはあくまで小説『三国志演義』の話であり、正史『三国志』では全く違っています。正史の注に引く『典略』という書によると、督郵が巡察に訪れたことは同じですが、賄賂を求めたという話はなく、軍功によって官についたものを調べ、場合によっては辞めさせるためでありました。劉備は自分が免官されるのではないかと恐れ、その督郵と知り合いであったこともあって、彼に面会を求めましたが、督郵は会おうとしませんでした。すると劉備は宿舎に入っていき、督郵を縛り上げ、何度も杖で打ちすえ、官を捨てて亡命したのです。

 つまり督郵を暴行したのは劉備自身であり、またそれは督郵に非があったわけでもありません。しかしこれではあまりにも劉備のイメージが崩れるということで、『三国志演義』では仁者という劉備像を守るため、またさらには乱暴者張飛のイメージを作るために、事件の当事者を置きかえているのです。

 この場面は、歴史がどのように小説となっていくかという一端を見ることができ、非常に興味深いと思います。