『蒼天航路』雑感
『蒼天航路』とは、李學仁(イ・ハギン)原案・王欣太(KING★GONTA)画の『三国志』のマンガです。ただこのマンガは他の『三国志』マンガと異なり、正史『三国志』をベースとし、一般的な『三国志』ではしばしば悪役として描かれる曹操を主人公とした点で画期的な作品です。その冒頭に以下のようあります。
ここには無類の人間群像が存在する
しかし悪党と言われてきた者は本当に悪党なのだろうか
善玉と言われてきた者は本当に善玉なのだろうか
歴史とは善と悪だけでわりきれるものではない
二〇〇〇年近くもの間
何十億という人々から常に悪態をつかれ
その悪名がアジアを越えて世界にも鳴り渡ったが
どんな誹謗中傷にも負けなかった男
曹操孟徳である
もっとも日本における曹操像は以前述べたように吉川英治『三国志』の影響もあって、中国ほど悪いイメージはありません。例えば陳舜臣なども曹操を主人公とした『三国志』の小説を書いています。とはいえ、それでもやはりこの『蒼天航路』というマンガは、それまでの『三国志』とは一線を画した異質な作品と言えるでしょう。
ただ私がこの作品で評価したいのは別にあります。それは中国文学史上における三国時代の位置づけをマンガの中で語っていることです。
中国文学史において三国時代は文学誕生の時代とされます。それまでの漢代では、詩とは政治や社会を風刺すべきものという考えのもと作られていましたが、三国時代(正確に言えば後漢末の建安年間頃)になると、曹操やその子曹丕、曹植らが率先して、政治や社会とは無関係の個人的な思いを詩に詠うようになります。そういった当時の文壇の状況を、無論フィクションも多分に交えながらですが、見事に描き出し、そして以下のように述べます。
そして
中国に初めて文学が誕生した
力強く個人の感情を詩ったこの最初の文学は
後の時代には建安文学と呼ばれ
「漢魏の風骨」と称えられた
『三国志』のマンガ・小説で、詩人としての曹操(あるいは子の曹丕、曹植)について触れているものはいくつかありますが、文学史上における三国時代の重要性をここまで描いているものは、おそらく他にはないのではないでしょうか。