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南史演義 巻1-2

南史演義

 当時、朝臣の中では王恭(おうきょう)、殷仲堪(いんちゅうかん)が最も声望があったので、帝は彼らに地方に派遣して軍権を与え、道子の権力を分散させようとした。ある日、王雅が側らにあったので彼に問うた。「朕は王恭を兗(えん)青二州刺史として京口に駐屯させ、殷仲堪を荊州刺史として江陵に駐屯させようと思うが、卿はどう思うか。」王雅は言った。「王恭は人柄も慎ましく、悪行には厳格に臨む人物です。殷仲堪は細かいところまで職務を謹んで行い、またその文名も高く評価されています。しかし二人とも実際には度量は狭く独善的で、しかも才能・知略に乏しいものです。もし彼らにその地を委ねて、天下に何ごとも無ければ、職を全うすることができましょう。しかし一旦変事が起こると、きっとさらなる混乱を招くことになるでしょう。用いるべきではないと存じます。」しかし帝はそれに従わず、ついに二人を刺史に任じた。

 これより後、帝と相王(司馬道子)とはお互い疑いを抱き、かつての友情もしだいに衰えていった。太后は二人を和解させようとし、ひそかに中書郎の徐邈(じょばく)に、帝に対して以下のように申し述べさせた。「昔、漢の文帝は名君でありましたが、なお弟の淮南王が罪を得て左遷されて亡くなったことを悔い、晋の世祖武帝陛下は聡明でありましたが、やはり弟君の斉王が仲違いの後に病死したことを後悔されました。兄弟の間においては、深い思いやりを大切にされるべきであります。琅邪王にわずかの過ちがあったとしても、なお寛大に受け入れられることが、ひいては国家の大計となり、内では太后の心を慰めることになります。」帝はその言を聞き入れ、もとのように琅邪王に委任した。

 太元二十一年(396)、彗星が昼に現れた。群臣は帝に徳を修め、災いを避けるよう奏上した。帝はちょうど華林園で酒を飲んでいたが、奏上文を見、立ち上がって座を離れ、杯を天にかかげて祈って言った。「彗星よ、汝に一杯の酒を勧めよう。古よりどうして万年の天子などあろうか。」左右の者はみなひそかに笑った。

 ところで「酒色」の二文字は、従来、相連なるものであるが、帝はただ酒に溺れるばかりで、色欲においては淡泊であった。寵愛を受けた妃嬪であっても、一度意に沿わぬことがあれば、即座に冷宮にうつし、場合によっては死を賜ることもあった。よって宮中では「薄情天子」と呼んでいた。ただ張貴妃なる者は、長年帝の側に仕え、寵愛も続いていた。しかしこの張貴妃、表面は慈悲深いようであったが、その実、心は狼のごとく、嫉妬深くかつ淫乱であった。寵愛を受けるようになってより、帝に他の寵姫があることを許さず、枕席をともにして夜を徹してもまだ情欲は満たされないようであった。ゆえに寵愛を独占していたといっても、なお不満を抱いていた。

 帝は晩年には、ますます酒を好むようになり、昼も夜もほとんど素面でいることはなかった。そしてようやく床に就いたかと思うと、たちまちのうちに昏々と眠りに落ち、張妃が戯れかけても、まったく気づかないようであった。張妃の欲情はいよいよ燃え上がり、終夜苦しむばかりで、恨みが一層つのっていった。このため愁眉もつねに閉ざされ、鏡台に向かっても楽しむことはなかった。

 宮女に彩雲という者があり、よく主の意をうかがっていたが、ある時張妃に向かって言った。「お妃さまはお上と毎晩同衾されていますが、何か不満があって、そのようにも鬱々としておられるのですか。」と。張妃は嘆いて言った。「この良い夜に、木偶と臥所をともにしているのでは、人生の楽しみなどあったものではない。どうやってこの愁いを晴らせばよいのじゃ。」彩雲は笑って言った。「これはお上がお妃さまを誤らせているのではありません。酒がお上を誤らせているのです」と。張妃はそこで失笑した。

 ある晩、帝は後宮で酒を飲んでおり、張妃も側に侍していた。酒も半ばまわってきた頃、帝は急に張妃に問うた。「そちはいくつになった?」張妃「三十歳です。」帝「そちの年となると、もう当然廃される頃合いだな。朕はやはりもっと若い者が良い。明日にでもそちを冷宮に移そうと思うがどうだ?」帝はもとより冗談で言っただけであったが、張妃はそれまで溜まっていた怨みもあり、急にこの言葉を聞いて信実だと思い込み、ますます悩み怨みがつのっていった。そしてにわかに良からざる考えが浮かんだが、しかし表面は強いて柔和な表情を作り、手に杯を持って帝に捧げた。帝はもとより酒好きであり、かつそれがはかりごとだとは気づかず、注がれるままに飲み、数え切れないほど杯を重ねていった。帝が泥酔し、人事不省の様子になると、張妃は宮人に命じて助け起こさせ、清暑殿の中で休ませた。宴会の余り物を内侍(天子の側付き)に分け与え、散会して自由に飲むようにさせ、もう今日は伺候する必要はないと命じた。内侍たちは退き、ただ腹心の宮女数名だけが残った。

 張妃は泣きながら言った。「おまえたち、お上が酒を飲んだときの言葉を聞いたか?お上は妾を殺そうとしているようじゃ。おまえたちもみな明日には死を賜るだろう。」宮女たちも皆泣いた。すると妃は言った。「おまえたちがもし死を免れたいと思うのなら、今夜、妾が大事をなそうとするのを助けよ。ただ大難を免れるだけでなく、おまえたちに金銀や絹を与えよう。もしいやだと言うならばただ死があるだけじゃ。」宮女はみな言った。「ご命令どおりにいたします。」そこで帝のところに走っていった。帝を見ると仰向けに寝ており、酔いつぶれて死んでいるかのようであった。張妃は宮女に命じて、帝の顔を覆わせ、さらに身体の上に座り、四肢を押さえ、寝返りができないようにさせた。しばらく見ていると、帝は悶絶してそのまま死んでしまった。

 張妃は帝が死んだのを確認すると、内侍を召して皆に金銀を与え、朝廷に次のように伝えさせた。「帝は深く酔われた後、突如うなされて崩御されました」と。朝廷は帝の崩御を聞き、すぐに司馬道子に伝えた。道子はこれを聞き、驚きかつ喜んだ。驚いたのは、帝が理由も分からず急に崩御されたためであり、喜んだのは、帝崩御の後は、大権が自分一人に帰すると考えたためである。急ぎ王国宝を召して相談したところ、国宝は言った。「まず遺詔を作らせることが急務かと存じます。」国宝はそのまま馬を飛ばして入朝した。時はすでに夜中であり、宮門は固く閉ざされていた。国宝は門をたたいて人を呼んだ。すると黄門郎の王爽(おうそう)は、声を激しくしてこれを拒んで言った。「帝が崩御され、皇太子がまだ来られていないというのに、あえて入ろうとする者は斬る!」国宝は色を失い退いた。

 明け方、百官が来集し、みな道子のもとにやって来て、新しい帝を立てるよう求めた。道子は自ら帝位に就こうと思っていたが、口を開くことができず、国宝に自分の意を群臣に示させようとした。すると車胤が道子に近づいて耳元で言った。「王恭、殷仲堪はそれぞれ強兵を擁して地方にあります。相王(道子)が天子を立ててこれらに命ずれば、誰がそれに服さないことがありましょうか。しかしもしご自身が帝位に就かれれば、彼らは罪を問う兵を起こし、長駆して都へと迫ってくるでしょう。相王はどうやってこれを防がれますか。」これを聞いて道子は得心した。

 辛酉、道子は百官をひきい、太子を奉じて帝位に就けた。これが安帝である。この時、執政者は無能なる人、登極者は幼愚なる主であり、群臣は唯々諾々と従って、安楽をむさぼるばかりであった。

 帝が崩御された事情について、誰も問うものはなかった。張妃は初めは疑い心配し、怖れていた。廷臣たちが事情を糾問し、禍いがたちどころに迫ってくるのではないかと。しかし帝の仮葬儀も行われ、朝廷も追及する気配がないので、心ひそかに喜んでいた。

 なんと憐れなことであろうか。一代の帝王が数人の女子の手にかかって死んでしまい、弑逆を行った人が軽々しく放置されてしまうとは。識者は晋の世も長くないことを悟っていた。