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南史演義 巻3-8

一方、劉牢之(りゅうろうし)は兵を退いて以降、人心を大いに失い、威望も激しくそこなわれ、心中非常に悔いていた。そしてある日、劉牢之を会稽内史に任ずる詔が下ると、彼は大いに懼れた。「こうなっては我が兵が奪われてしまう。禍が迫ってきた!」この時…

南史演義 巻3-7

この時、桓玄(かんげん)はしばしば勝利を収めていたとはいえ、やはり劉牢之(りゅうろうし)を恐れ、あえてすぐに都の門を犯そうとはしなかった。卞范之(べんはんし)が言った。「劉牢之が強兵数万を擁しながら、溧州(りつしゅう)に軍をとどめ、徘徊して進もう…

南史演義 巻3-6

ところで、庾楷(ゆかい)はもともと反覆の徒であり、先ごろ桓玄(かんげん)に味方したものの、ただ南昌(なんしょう)太守を与えられただけであったため、鬱鬱(うつうつ)として楽しまなかった。そして桓玄によって夏口(かこう)に移されたため、さらに不満を抱き…

南史演義 巻3-5

ところで楊広(ようこう)は襄陽(じょうよう)に逃げかえり、泣きながら瓊玉(けいぎょく)に言った。「弟は戦死し、我が軍は全滅しました。あなたの夫の一族はことごとく殺害され、襄陽は孤城となっています。恐らくはこれを守ることは難しいと思われます。どう…

南史演義 巻3-4

しかし楊佺期(ようせんき)が江陵に至ると、殷仲堪(いんちゅうかん)のもとには援軍をねぎらう酒食などもなく、ただ麦を軍に支給しているだけであった。楊佺期は大いに怒って言った。「殷侯はわしを誤らせた。今ここで敗れるだろう!」そのまま仲堪の方を見ず…

南史演義 巻3-3

この時、殷道護(いんどうご)、桓昇(かんしょう)の二子は将台の上に座り、瓊玉(けいぎょく)の絶世なる容貌と優れた武芸に魂も奪われ、すぐにでも華燭の典を結びたいと切望していた。やがて瓊玉は台に上がり席についたが、風流なるその姿にますます心を動かさ…

南史演義 巻3-2

ある日、殷道護(いんどうご)と桓昇(かんしょう)はともに襄陽(じょうよう)にやってきて、それぞれ宿舎に入った。二人はもともと知り合いであり、翌日は馬を並べて軍府を訪ねた。殷は桓に言った。「我らと君らとはともに中原に鹿を逐っているが、その鹿は誰の…

南史演義 巻3-1

第三巻 楊佺期 武を演じて婚を招き 桓敬道 師を興して境を拓く 桓修(かんしゅう)は司馬元顕(しばげんけん)に計を進めて言った。「西府の殷仲堪(いんちゅうかん)、桓玄(かんげん)らは、もっぱら北府の王恭(おうきょう)を頼みとしておりましたが、王恭が破滅し…

南史演義 巻2ー8

己亥の日、司馬尚之(しばしょうし)は牛渚において庾楷(ゆかい)を大いに破り、庾楷は単騎で逃げ去った。尚之は勝ちに乗じて、そのまま西府の軍と横江において戦ったが、あろうことか大敗を喫してしまい、率いていた水軍は全滅してしまった。

南史演義 巻2ー7

話は変わって、相王司馬道子(しばどうし)の世子元顕(げんけん)は、十六歳であったが、非常に聡明で政治にも明るく、気力も盛んで鋭かった。常に朝廷が地方の諸侯の掣肘を受けていることを憂い、しばしば父に早くそれらの対策を謀るよう勧めていた。そこで道…

南史演義 巻2-6

さて、賊将の盧循(ろじゅん)は、孫恩に言った。「我々が海辺で兵を起こしてより、朝廷は専ら浙東の地のことばかりを気にし、強兵猛将が、ことごとくここに集まっています。都建康はきっと手薄になっているので、全力をあげて長江をさかのぼって進み、まっ…

南史演義 巻2-5

もともと謝琰(しゃえん)には将略もなく、朝廷はその家柄と名望によって抜擢したのであった。そして着任後は、日々賓客と酒を飲んでは詩を詠い、賊がまたやって来ようとは思わず、全く備えもしていなかった。諸将が皆諫めて言った。「賊は近ごろ海辺におり…

南史演義 巻2-4

孫恩は会稽を根拠地とし、自ら征東将軍と称し、むりやり人々を官職につけ、従わないものは、一家皆殺しにした。そのため死者は十人中七、八人にものぼった。その党派を「長生」と号し、四方に兵を出し、諸県令を殺してその肉を塩漬けにして、彼らの妻子に食…

南史演義 巻2-3

この時の会稽内史の王凝之(おうぎょうし)は、書聖王羲之の子であり、妻の謝道韞(しゃどううん)は、安西将軍謝奕(しゃえき)の娘であった。彼女は幼い頃から聡明で、才学に優れ、叔父の謝安も非常に愛していた。七、八歳の時、謝安は『詩経』の中でどれ…

南史演義 巻2-2

その頃、東莞(とうかん)に臧俊(ぞうしゅん)という者があった。郡の功曹であり、人の相を見るのに優れていた。愛親という一人娘があり、その母叔孫氏は、月を呑む夢を見て彼女を妊娠した。容貌は端正で美しく、立ち居振る舞いもしとやかであった。臧俊は…

南史演義 巻2-1

第二巻 劉寄奴 寇を滅ぼして功を立て 王孝伯 兵を称して戮を受く さて劉牢之(りゅうろうし)は、字は道堅、彭城の人である。顔は赤紫色で、生まれながら人並み外れた怪力を持ち、また物事に動じず沈着で知略も優れていた。太元年間の初めころ、謝玄が広陵に…

南史演義 巻1-5

ある時、劉裕がたまたま孔靖(こうせい)の家の前を通った時、孔靖はちょうど昼寝をしていたが、たちまち金の鎧をまとった神人が現れて言った。「起きよ!起きよ!天子が門の前におられるぞ。」孔靖は驚いて起き上がってすぐに外を見ると、他に誰もおらず、…

南史演義 巻1-4

一方、王恭(おうきょう)は任地に帰ってより後、王国宝のなすことを深く憎み、まさに兵を挙げてこれを誅殺しようと思っていた。そしてある日、殷仲堪(いんちゅうかん)に書状を送って言った。「国宝らが政治を乱すことはますます甚だしく、ついには国家の…

南史演義 巻1-3

ところで王恭(おうきょう)は、帝の崩御を聞き、夜中に飛び起きて都にやって来て、大いに哀しんだ。そして宮殿を仰ぎ見て嘆息した。「侫臣が跋扈(ばっこ)し、国事は日に日に乱れていく。たる木はまだ新しいのに、はやくも黍離(しょり)の嘆きを感じずに…

南史演義 巻1-2

当時、朝臣の中では王恭(おうきょう)、殷仲堪(いんちゅうかん)が最も声望があったので、帝は彼らに地方に派遣して軍権を与え、道子の権力を分散させようとした。ある日、王雅が側らにあったので彼に問うた。「朕は王恭を兗(えん)・青二州刺史として京…

南史演義 巻1-1

第一巻 晋室 将に亡びんとして廊廟乱れ 宋家 運に応じて帝王興る 晋の太興元年(280)、武帝司馬炎によって中国は統一され、三国時代は終わりを告げる。しかしその平和な世もつかの間、武帝の死後、後を継いだ恵帝は国事を顧みず、その妃賈后がさらに政治を…

南史演義(0)

演義とは、中国の白話小説の一種で、歴史を題材とした小説をいいます。日本では『三国志演義』くらいしか知られていませんが、中国には四千年の歴史があるわけで、その長さに応じるように実は非常に数多くの演義が作られています。一部『封神演義』、『隋唐…