元興二年(403)十二月丁丑(ていちゅう)、群臣が入朝し、帝に正殿にて手ずから禅譲の詔を書くよう求めた。帝はやむを得ず司徒王謐(おうひつ)を遣わして玉璽を奉り、楚に帝位をお譲りになった。そして帝は位を降り、江州の雍安宮に移られた。百官は楚王府にや…
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